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(追伸)須磨丸

 投稿者:IWA  投稿日:2019年 3月25日(月)23時40分4秒
  エンジンはドイツ製でした。銘板あればますます文化遺産になれるのでは、蘭独米日、四か国混合の子です。川の水につかっていたとはいえ、欧州製の古いものは頑丈だという感想持ちます。
(www.marhisdata.nlから)
Engine Manufacturer: Humboldt-Deutz Motoren A.G., Cologne (Koln), Germany
Motor Type: Motor, Oil, 4-stroke single-acting
Number of Cylinders: 4
Power: 200  Power Unit: BHP
 
 

特急須磨浦公園行

 投稿者:iwashige(管理人)  投稿日:2019年 3月25日(月)04時16分15秒
  IWAさん 戸田S.源五郎さんこんばんは。
大変よろしゅうございました。私は生返事をしただけですが。おかげさまで4300ヒットを全部確かめなくて(600で止めて)正解でした。
余談ながら阪急の表題便がなくなったのを今頃知りました。
 

三人寄れば文殊の知恵

 投稿者:IWA  投稿日:2019年 3月24日(日)08時27分8秒
編集済
  源五郎さん、管理人さん
ありがとうございます。こりゃ間違いないですね。鼻高々聞き元に報告しました。一週間で回答です。
www.marhisdata.nl/schip&id=1740
に要目と詳しい船歴、
www.kustvaartforum.com/viewtopic.php?t=7543&start=1880#p437364
に写真があります。オランダ語をGoogle翻訳しますと、(一旦英語に訳してから日本語に訳すと意味通じます)以下。
---
(訳1)
1938年にドッガーバンクをKPM汽船が買収し、売主がドッガーバンクを、自航でオランダ東インド諸島に回航した。 このような小さな船とその乗組員にとってはかなりの成果です。
   KPM汽船は船の名前をサマランに変更し、1942年1月にオランダ王国海軍が要求して、スラバヤ港の監視のための哨戒艇として使用しました。
   同年3月2日、乗組員は船を沈め、その後1年以上後に日本が浮揚し、修理後、須磨丸として運航しました。
   セレベス(現在はスラウェシ)の北で連合軍の空爆で、船は全損した。
   終戦後、船を浮揚して修理するか調査して、そのままとした。
(訳2)
サマランはKPM汽船の沿海貨物船で、1942年1月に海軍の要求で監視船として配置し、Hr. Ms. サマランとして就航した。
1942年3月2日にサマランはスラバヤで、自身の乗組員の手で自没した。
1943年7月21日に船は日本人が浮揚し、修理して須磨丸として運行した。
1944年10月26日、船は南セレベス、現在はスラウェシのマリリ川で沈没し、そこで戦後に残骸を回収した。しかし、修理するにはひどく損傷していて、全損と見なした。
(訳3)
1942年1月、王立海軍の命令でスラバヤの警備のための哨戒艇とした。
1942年3月2日にスラバヤで、海軍司令官の命令で日本人による拿捕を防ぐため自沈した。
1943年7月21日、日本が浮揚した。
1943年10月26日、最終的にマリリ(ボニ湾の北海岸、セレベス)で連合軍の空襲で沈没した。 1945年の終わりにマリリ川で大破状態であって、全損と記録した。 (船籍登録は11-12-1951年に抹消。)

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ありがとうございました。続報ありそうです。また報告します。
 

須磨丸

 投稿者:戸田S.源五郎  投稿日:2019年 3月23日(土)10時22分4秒
  IWAさま、管理人さま

ここまでヒントが出れば須磨丸(ex-Semarang、Doggersbank)ではないかと。。。
KPMの本に
「Na de capitulatie van Japan(1945) teruggevonden in de Malili-river, maar als onherstelbaar geabandonneerd.」
とあります。
長さも 131.92x23.5x8.8 feetとそこそこあってます。

http://tokusetsukansen.jpn.org/

 

候補数不明

 投稿者:iwashige(管理人)  投稿日:2019年 3月22日(金)06時39分1秒
  IWAさんこんばんは。
 マストの見張所は砲座と同じ戦時装備の可能性があるので、あまりこだわることはないのでは。マリティムディヒタールのサイトでKPMで検索しても似たようなのが出ますが、ヒット数が多すぎて全部目を通しきれませんでした。いちおう船自体もフィリピンでとってきたことまで考えられないことはないでしょうが、それはエンジンの銘板が鍵かと。
 

Wreck of the Malili River-10

 投稿者:IWA  投稿日:2019年 3月22日(金)00時47分22秒
  マストの見張りかごの話、つい対潜用と考えましたが、このあたりの地形添付のように入り組んだ川の河口で、水路が洪水の度変わりそうです。むしろ浅瀬の見張り用かもしれません。
 あと民間船でこれのあるのは海賊船かなあ。麦ワラの一味が乗っていたワンピースみたいな話かも、です。(怪傑ハリマオと言うよりは分かりやすいだろうという例え ^^)
 

Wreck of the Malili River-9

 投稿者:IWA  投稿日:2019年 3月22日(金)00時34分37秒
  管理人さんのコメントをヒントに、似たような船みかけました。KPM汽船会社のMapia。長さ50mで、感じは似ていて、このあたりの船という事らしいです。
「造船官の記録」今日の話題社1991のp197に ’セレベスの思い出 内田勇技術少佐’ という記事がありまして、それによると「生活物資はほとんど全部ジャワ島その他よりオランダのKPM汽船会社の船で運んでいたものである。そのうえ、原住民には機械設備のある船は持たせないので、オランダは海運独占により蘭領を治めていたのが戦前の戦前の有様であったと思われる。マカッサルにはKPM汽船会社所属の小さな修理工場があった。これを接収し、第102海軍工作部マカッサル分工場といういかめしい名前をつけた。」とあって、KPM汽船会社(Dutch for Royal Packet Navigation Company)の船らしいとあたりをつけました。それで、Dutch KPM coastal cargo capture のキーワードでひくと、添付の船が出ました。
 また、Australian War Memorial にさらに似た感じの木造船の写真があって、大分近づいてきた感じです。
 

Wreck of the Malili River-8

 投稿者:IWA  投稿日:2019年 3月21日(木)23時58分28秒
編集済
  インドネシア語のニュース記事みつけまして、もう少し大きな砲の写真がありました。デカイです。これは日露戦争時代の砲ということですね。見る人が見たら分かるのかしら。
Google翻訳によると、地元の人は日本軍の船だと言っているよう。
makassar.tribunnews.com/2016/10/19/kapal-perang-jepang-di-sungai-malili-ditempati-cuci-pakaian
TRIBUNLUTIM.COM、MALILI-日本軍艦の残骸はまだ南スラウェシ州、East Luwu RegencyのMalili District、Balantang Malili HamletのMalili川にあります。
Tribunlutim.comは水曜日(2016/10/19)にこの船を訪問しました。
地元住民のユスフYusufによると、この船は植民地時代に日本の兵士が使用していました。
「私がまだ生まれていないい頃から、この船はここにあります」とユスフはtribunlutim.comに語った。
残骸の長さは約30メートルです。船の船首は見えなくて、壊れている。船体の船尾と一部、そしてデッキはまだ見えている。鉄の船の監視塔はまだ空中にそびえています。
船の甲板には大砲があります。川の水が減少すると大砲がはっきりと見えます。
船のさびた壁の一部は落書きで埋められ、野生の植物が生い茂っています。
難破船は毎日、Balantangの住人が服を洗う場所、または座ってリラックスするための場所として使用しています。

この記事は、マリリ川の日本軍艦のタイトルでtribun-timur.comで放映しました。洗濯物で占められています。
記事:イワンイスマール
編集:イルハムマンジェンレ
 

砲はどこへ行く

 投稿者:iwashige(管理人)  投稿日:2019年 3月20日(水)04時04分4秒
  IWAさんこんばんは。
 答えが確定していないので滅多なことは言えませんが、日本の内航貨物船ではデッキハウスにこのような大きな窓はあまりつけないのでは。砲はスラバヤあたりで拾ったのかもしれませんが、製造番号から由来がわからないものかと。
 

東インド沿海貨物船?

 投稿者:IWA  投稿日:2019年 3月19日(火)05時17分12秒
編集済
  管理人さん コメントありがとうございます。 蘭領東インド製造の沿海貨物船みたいですね。依頼元にエンジンを見て、と返事書きました。
old coastal cargo photo で検索して添付の似たような船の写真みつけました。ニュージーランドの船。
マリリ川の船骸は標準船のE型にもD型にも似ていないですね。倉口前後に長いようなので木材運搬用らしい。沿海用なのは、ライフボートの装備がないよう(ボートダビットはクズ鉄でとった?)だし、煙突の後ろにディンギー用のサポートが2隻分あってそれっぽいです。マストに登るモンキーラッタルが日本製ではないよう。船首の砲台も、日本の特設艦船仕様ではないような気がしますがどうでしょう。
 この砲は、キャビテ軍港にアメリカ植民地時代から死蔵されていたものではと想像し、この地までやってくる間の、また興味深い話が発掘されるといいなと思っています。
ありがとうございます。

 

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